繋ぐ銀の色




「え うそ」
おもわずこぼれたことばに、目の前のかわいい顔は心底嫌そうに歪んだ。あ  だめだめ、そんな顔しちゃあ

「…ケンカ売ってんの?高額買取?」
「すんませんちゃんと聞こえてましたお願いだからそのこぶしは下ろしてくだ さい」
「…べつに、いいよ」
もとに戻るだけじゃん。そうさもつまらなそうに言って、小さな顔を寒そうに マフラーに埋める。俺はなぜだか本人よりショックを受けている。

泉が大学に落ちた。
「あーあーさいあく。お前も落ちればよかったのに」
「……あのね、泉ちゃん」
続けようと思ったお説教は今日は飲み込むことにする。こういうときに年上の 余裕とか、今こそ、見せるべきだ。
「俺はまあ短大だからさ」
1年なんてすぐだよ、そう軽く言った。しまったとすぐ思う。俺たちのあいだ で『いちねん』は、大きい。
「……まあ、そうだな」
「……」
「もとに、戻るだけだしな」
もとに。せんぱいとこうはい。
「今度はさ、」
泉が立ち止まって振り返る。背後には電灯が暗く光ってて、でもそれは泉を照 らして、そう、後光みたいに神聖に見えた。だから俺は神妙に次のことばを待 つ。託宣みたいだと思った。おれのかみさまだ。なんて言ったら怒られそうな ので、思ったまま黙っておく。(泉がかみさまだと俺はそのかみさまに欲情し たりしてしまうから、明らかに、それはバチが当たりそう。長生きしたいから やめてねほんとのかみさま。)

「逃げられると思うなよ」
逆行で表情は見えなかったけれど多分あの黒く光るきれいな目はこちらをまっ すぐ見ている。俺はなにから逃げていたっけ、と思ってたくさん心当たりがあ り過ぎることに気づいて考えるのをやめた。わからなかったから取りあえずキ スしようかな と思って近づく。まあ許されないのはわかっていた。手が触れ る直前に、はまだ と強く呼ぶ声がする。
「わかってねえんだろ、」
「いや、えっと、わかってんだけど、気づけないっていうか…あ〜」
「はあ?」
「いや、あの、どれだ」
「ほんとばか」
なんでこんなやつ、と小さく聞こえてそれは受験のことを言っているのかそれ とももうひとつのことだろうか。
「お前、もう俺から逃げられるとか思うんじゃねえぞ、手放すつもりがないの は」
俺の方だと、そう言っていつだか渡した鍵がてのひらに戻ってきた。意味を問 うように見つめれば、
「部屋引き払うんだろ」
と、当然のように返ってくる。ああ、よかったそういう意味か。
「お前がさ、その声で俺のこと呼んだら、なにがあったっておわったりしない んだよ。もうそのくらいには、俺だって離れられなくなってて、もう、だから さ、あとはお前次第なんだよ。俺はずっと、その鍵をもらったときからさ、こ たえは出てるんだ」
閉じ込めるみたいに側にあるその小さな身体を抱きしめて、ゆっくり離した。
そうか、おれ次第か。

「この鍵…」
「ん」
「大家さんに返したくないなあ」
「なんで」
「…ずっと泉が持っ
「キモいんだよ!せんぱい」

自然に出た呼称を咎める気にはならなかった(ていうかしあわせだから)ただ こっそりポケットにしまった鍵と、少し泣いたことがばれていませんように。





(070101)