花嵐のひびく真白に






二、

履歴書を持って目の前に現れたときは、ああ絶対にこいつの顔は覚えられないなと確信に近い思いを持った。妙に甲高い声を上げるのと、無難な志望動機を淡々とした調子で話す口とは別の生き物の様に、時々どろりとするものが見える重苦しい目が、多少気になったので辛うじて名前を覚えていた。その新入隊士は、庭で洗濯物を干している。酷く似合っていないと思う、多分。
「山崎ィ」
名前を呼べば、はいよと異常に軽い返事をするので、拍子抜けしてなんだそれと言えばへらへら笑っていた。多くの新入りは自分に名前を呼ばれただけで縮み上がるのに、先に報告に来た際も全く動じる風もない。腹が据わっている、がしかし弱いのには違いない。こんなところで洗濯などを押し付けられている。新入りならば余計に剣の腕を鍛えねばなるまいと、確か稽古が義務付けられている時間のはずであった。その証に先ほどから物凄く楽しそうな沖田の大声が道場方面から聞こえてくるのである、新入りがいじめられているのだろう。
「お前、稽古行けよ」
「はあ」
でもこれも頼まれ物でしてと、誰のものだかわからない隊服を広げた。
「お前の上司は誰だよ」
「はい、副長ですね。俺は、副長の犬ですね」
すみません終わったら稽古に行きますと、なんのこともないように言うのが空恐ろしい気がして、俺は目を上げないで庭先に広がる洗濯物を見ている。風でなびいて音を立てていた、空は青かった。人殺しの集団には似合わない、なんてのどかな光景だろう。
目の前の人物を見たくなくて土方は目を閉じる。こんなのどかな光景を作って、洗剤の清潔な匂いをさせている、やわらかく笑う、その人物はこれから自分の命令できっと人殺しになるのだと思ったら変に悲しかった。
「副長、どうしました」
具合でも悪いと勘違いされたのか、覗き込んできたのでその顔に手を伸ばす。避けるかなにかされるかと思ったが、意外にも山崎は微動だにせず硬直した。長い間日に当たっていた髪は温かかった。見た目より柔らかいそれをひと撫でする。手で梳けばまとまりのないそれはさらりと顔に下りて影を濃くした。逆光で輪郭がぼやけているが、真っ黒な髪はしっとりと美しく光って見える。
「土方さん、」
孤独に飲まれる人間は、弱いのだと思っている。土方は残念なことにあまりそんなことを考える性質でもなく、自分が酷いときは無骨で、でも温かな手が差し伸べられたし、その後は本気の殺意を含んだまま、しかしそれだけではない感情でじゃれついてくる子どもも側に居た。過去には惚れた女だっていたので、おそらく土方は生まれてからずっと、孤独ではなかったのだと思っている。
山崎を見ているとどうにも、そういうことを考えなければいけなくなってしまうので酷く不快だった。あのどろりとした目、あれは孤独に飲まれた人間の目ではないだろう、そんなものは逆に飲み込んでしまった人間の目だ。身の内にその得体の知れないものを飼っている。その分、恐ろしく頑丈な理性を持っている、きっと酷く面倒なこころをしているに違いない。だから土方は、どうにも山崎が恐ろしくて、無気味だった。出来れば目の届かないところへ行って欲しかった、顔を見て自分が不安になることのないように。
なのにどうだろう、こんな距離で、髪を触っただけで、なにを泣きそうな顔をしているのだろう。そうしてそれよりも、土方は名前を呼ばれたことに気を取られて、逆光でよく見えないその頬が赤くなって青くなった、その変化に気が付いていない。







(090201)