ネオンサインの鮮烈







大体において彼はそういった調子ではあるが、俺が運転すると有無を言わせぬ土方の様子に山崎は一体どういう気まぐれだろうかと思いながらもハンドルを譲った。
行き先は告げられないまま車は夜の街を疾走する。スピード違反スレスレの速度、覆面パトカー、深夜の街。どれも日常であるのに、それでも山崎を高揚させているのはただひとつ、ハンドルを握っているのが土方だということだ。
秘密の約束のように、どこへ行くのかということをお互い口にしないのは、少なくとも山崎にとっては今の一秒をなるべく延ばしておきたいからだ、それも現実を振り切る速度で。
「土方さんおれ吐きそう」
「ああ?なんで」
山崎が乗り物に強く、荒い運転にも慣れていることを知っているので不思議だなと思って、思ったまま聞く、そして失敗する。山崎は楽しくてと言った。
「土方さんと一緒で、しかも仕事じゃあなくって、運転してもらって、んで速い!」
ひゃーと頭の悪そうな声を上げてはしゃぐので、言ってやりたいなと思っていたことばを口にすることが出来ない土方は甲斐性なしである。この甲斐性なしは特別に大切にしたいと思う人間には、形に残るものはひとつも与えてやることは出来ないのだとも、考えている。自分のいなくなった後にそんなものを後生大事にされてしまっては叶わないと、そんな悲しいことはさせられないと、そう思うからだ。そう考えてきたために不幸にしてきた人間が過去にいることを思えば尚更で、しかし学んだこともあるので、その特別を遠ざけずに側に置いてみた。こちらの心配をよそに山崎は異常に丈夫だった、串刺しにされても生きていた。
「土方さん土方さんあれなに」
「廃工場かなんかじゃあねえの」
土方がなにやらぐだぐだ考えていることがわかる山崎が、面倒くさいひとだなあと思って苦笑いしたことを、土方は知らない。



どこにも行かずに途方もなく遠回りをして屯所に帰って来た。ただのひとことを言うのがそんなに難しいことなのだろうかと山崎は思う。沖田などは朝いちばんに部屋にやって来て、臆面もなくお誕生日おめでとうと丁寧に言った上、子どもが舐めるみたいなどぎつい色の飴を置いて帰った。本当に仕様のないひとだなあと、山崎が息をついて助手席のドアを開けようとしたところを止められる。
「なんです、寒いから早く屯所ン中入りましょうよ」
「山崎、」
呼ばれたので身体ごと向き直れば尋常じゃなく不機嫌そうな顔をしている土方が手を伸ばしてくる。恐ろしくはあるがいつものことなので、山崎はびくりともしない。しかし、絞殺されるかなと軽く思うくらいの強さで首に巻かれたものは苦しい。顔をしかめてしまって、けれど首元からかすかにする煙草のにおいに驚いて名前を呼んだ。土方さん。ぎゅうぎゅうに巻かれた真赤なマフラーは土方のものであった。そしてぎゅうぎゅうに山崎の首を絞めたままで、一回しか言わねえ、と低い声がする。エンジンは止まってるので車内は静かなものである。なにをと問えば、これをお前にやるとひとこと、おめでとうでもなんでもなく、そう一回だけ聞こえた。
山崎は土方の考え方を深く理解していると自負していた。それによれば土方は、鬼などと言われながらその実酷く臆病なのである。ただの部下とは違う扱いをしてきた山崎にこういうことを、特別な日に自分の持ち物を与えるようなことが、出来る人間ではなかった。
どうしてと言ったつもりが上手く発音出来なかった。察した土方は矢張り酷く不機嫌そうな顔で、お前ならだいじょうぶかもしれないと思えるようになったと、そういうことを言った。
顔が歪むし目が熱いような気がするのを抑えることは出来なくて、無理矢理下を向いている。マフラーを握っていた熱い手は離されて、呼吸が楽になったことが合図のように涙が出るタイミングで顔を上げさせられた。髪をくしゃりと触られて、不細工な顔だなあオイといつものように言うけれど、苦笑いみたいに笑う顔にたまらない気持ちになる。山崎は今すぐ飛びついてしまいたいのを、屯所の前だと堪えている。
酷い気持ちだ、山崎にとって土方のしたことは、一生を縛られたも同然なのである。どんな扱いをされようともずっとこのひとの下にいるのだという勝手な誓いが認められてしまった、それはもう約束になってしまった。どれだけの思いを消化して飲み込んだのだろうかとか、どうして今そんな心境になったのとか、聞きたいことはひとつも聞くことが出来ない。甲斐性なしなんて思ってごめんね土方さん。
どうしても離れることなんて出来ないのだろうと、ぞっとするような気持ちで背筋に走る悪寒は確信だ。それでもこれ以上にはないほどうれしくて、これお前には似合わねえなあと耳の近くで言う低い声を、黙って聞いている。








(090206)