花嵐のひびく真白に




三、


良い匂いがしてぱかりと目を開ける。日は既に高くて、起き上がると頭が痛いのでこれは二日酔いだということは、わかる。わかるが認めたくない、政府のお偉い方と飲むまずい酒なんかで、酔っていられるかという話なのだ。
匂いにつられてて炊事場を覗く。真白な着流しの後姿、がさつな男だらけのむさいこの組に似合わないやわらかなそれは、ひとりくらいしか知らない。山崎。名前を呼ぶ。絶対に覚えられないだろうと思っていた顔は毎日合わせるので忘れる暇がなくて、その名前を、最近ではよく呼んでいる。はいよと軽い返事がして振り返って、にこりと笑う。自分を見て笑顔を見せる人間は少ない。少ないのでこの貴重な存在に、少し思い入れをし過ぎているなと危ぶんでいるが、胸の内の生温かいものに、ゆるりと光るそれに、逆らう気力がわかないのだ。洗濯の次は炊事とは、お前はなにをしにここに入ったんだよと言えば、副長の犬になるためでしょうねえとお椀を渡された。隣に立ってなにと問えば味噌汁です味見係ですとひとこと。お昼ごはんにリクエストされているんです、それからと山崎は急にくるりと自分に向き直る。見上げる目は相変わらず昼に似合わぬ色をしている気がする。ぞっとするような深い色に見えることがある。魅入られてしまったのだろうか、名前を付けたくない熱に浮かされているのかもしれない。いけないことをしたくなる、気分なのだ。疲れている。
昨夜は深酒をされたようですねと山崎は言った。まずかったんだよ、好きで飲んでんじゃねえ。あれだな、酒は値段じゃあなくって相手が問題だよと言って、じっと顔を見る。目が合ってまた山崎が笑った。こころをほぐす効能だ。昨夜の会合を少し思い出して不快な気持ちになるが、それを昼下がりにこんな場所で暢気に話していることがなんだか可笑しい。空いている窓から風が吹いてきて、山崎の髪が揺れる。 お前はと、言いかけたところで、聞いたこともないような硬い声で、あなたの感傷は俺には勿体ないと聞こえた。どろりとした目がしっかりとこちらを見て、その目に似合わぬやわらかい表情で、お味はいかがですか副長。なにかとても難しい報告をするような声を聞きながら、お前はなにものなんだと、たったひとつのことを何故か、聞けないでいる。



ぱかりと目を開ける。夜でも朝でもない時間だった。ぱちぱちと障子の向こうで音がするので足で開けると、沖田が焚き火をしていた。どうしてこの子どもに加減というものを誰も教えなかったのだろうか、俺が悪いのかと近頃は思いつめてさえいる。
「山崎が消えた件で、近藤さんが」








(091207)