「なにしてんのお前」 部屋に入るときちん、と蒲団が敷かれていて、更に何故か湯たんぽじゃなかっ た山崎がその中に入っていた。 「……んー」 「んーじゃねえ」 なにひとの蒲団占領してやがる、と横腹を蹴飛ばせば 「今日は帰らないと思ったから」 というあんまりな返事が返ってきた。そら帰るつもりはなかった。ていうかな に、お前は帰ってこなかったら上司の蒲団占領して寝んのか、その前に自分の 部屋(あの防音設備のいい)があるじゃねえか、とここまで面倒なので口には 出さないで考えているとようやく山崎の顔がこちらを向く。 「おかえりなさい副長」 顔を上げて、笑顔を作る。なんだ? 「白粉くさいので寝たければ風呂に行ってからお願いします」 うわあなんかねちっこい!と思わずそのまま顔に出して失敗する。足首を蹴飛 ばされて、だってどうせ女でしょう、とかなんとか。普段俺が女の元へ行くこ とを(実のところ、行っても山崎が考えているようなことを、していることは 少ない)気にしない素振りでいるのに、一体どうしたものか機嫌が悪いらしい 。 「どうした」 取り敢えず機嫌を取ろうか、と考えて、考えただけで辞めてそれだけ聞いた。 それこそこいつは女ではないのでそんな必要はないし相応しくない。 「別に」 「目が醒めちまうのか」 羽織をそこいらに投げて(一瞬睨まれたように感じるが気にしないことにする) (あれは多分明日の朝には山崎によってきちんと畳まれている)煙草を取り出 す。山崎が真ん中に転がっているせいで蒲団にもぐりこむことは叶わない。枕 元に胡坐をかく、眠い、がやはりどうにも蒲団に入らせる気はないようだ。 「いつものことです」 山崎は眠りが浅い。襖の開く音で目を覚ましてしまようなそんな子どもにいた たまれなくなって、夏以外は蒲団に入れてやっていた。俺がいないときは総悟 か近藤さんに任せると、それでもよく眠っていた様子なので、まあつまり誰か が一緒ならば熟睡できるはずだ。今となると、なんかそれもどうかと名状しが たい気分にかられるが、好く眠るに越したことはないはずだと、考えて誤魔化 す。 「総悟か近藤さんのところででも行ったら良かったじゃねえか」 「そうですね」 なんだかな、と思いながら蒲団からはみ出ているその黒髪に手を置く。 「だから風呂」 「うるせえ」 眠い。ひとこと、出て行けという意味のことばを言えば山崎はどくだろうか、 答えは簡単過ぎるが、しかしどうしてもそういう気持ちにはならない。面倒だ とは思わないでもない、が、それを言わないでやりたかった。面倒でもいいから と抱え込んだのは自分なので。 「アンタのせいですからね、」 「なにが」 言いながら着物を脱いで、面倒なのでそのまま蒲団をべろりとめくって無理や り入り込む。 「へんたい!服着ろよ!」 「心配しなくても風邪なんかひきやしねえよ、湯たんぽ入ってんじゃねえか」 冷えた足を絡ませる。あー温い、と堪能しているとぎゃあだかなんだかわめい ていた。無視する。 山崎が暴れた拍子にふわりと自分の蒲団から別の人間の匂いがする。しかしそ れはもう随分馴染んでいて、悪い気はしなかった。 「誰が心配なんかしてんだよ」 入り込んだらもうこちらのものなので(蒲団の中で黙らせる術など踏んでいる 場数が違うのだ)山崎は諦めている。お前のそういう賢いところはすごく気に 入っているよ俺は。 「……なんだよ、まだにおうか」 丁度俺の胸のあたりに頭を寄せたまま無言・硬直を通す山崎に声をかければ、 小さく否定のことばが返ってきた。特に触ることはせずに(足を絡めたままで )片肘を付いて黒い髪を見下ろす。こんなでかくなってまでひとり寝出来ない なんて一体どんな育て方されたんだと呆れたが責任の半分くらいは自分にある 気がした。こいつに関しては考えればそれだけドツボにはまっていく気がする 、やめよう。黒髪をひと撫で、馴染む体温はまだ低い気温のせいで心地いい。 「触んないでください」 「嫌なら坊主になってこい」 「へんたい」 「罵倒のボキャブラリーが少ねえんだよ」 図星をさされて黙る。こういうところは、少しいとおしいかもしれない。とに かくもう眠いし面倒くさい。明日は朝早かっただろうか、まあこいつが起こす だろうとまた余計なことを。 背中が寒い気がして少し距離を詰める。呼吸が落ち着いてきて、寝付けそうで 良かったと安堵して髪に口を付ける。俺も寝たい、何度も言うが眠い。しかし 眠たげな声が最後に残したことばに、足元を掬われるとかしっぺ返しをくらう とかの意味を体感する。 「べつに、アンタが女のとこ行ってようが、なにしてようがそれはこころの底 からどうでもいいけれど、俺がこうして眠れない夜に、」 俺は絶句した。 「アンタだけ安心してどっかで寝てるのかと思うと、ころしてやりたくなりま す」 黙らせるための手練手管 ==================================================================== 070619 |