久しぶりに殴られたので頭がぐわん、と揺れてああ、なんかちょっと懐かしい って思う俺はもうアウトなのか、と山崎は一息に思ってそうして盛大に身体は 畳に転がった。怒鳴り続ける土方はそれはもうヒステリックなのでひとことひ とことを全うに聞いていられない。とりあえずのろりと起き上がって、報告を 続ける。書類を最後まで読み上げた山崎はそのまま動かない。言いたいことが あるならさっさと言えば良いのにと思っている。 かちりと部屋の時計が鳴った瞬間、監察のそれとは関係があるのかないのか、 そもそも土方はこの山崎という男についてそう多くを知るわけではないので判 断など付くはずもないが、ともかく転がされて、起き上がったそ の場所から音も立てずに立ち上がって一瞬で近寄ってきた。詰められた間合いの分の空気が ぎゅっと濃くなってそもまま胃のあたりに溜り込むような気持ちになって、土 方は眉間の皺を少し深くする。山崎について知っている確かなことはひとつき りしかなくて、それはこの男が自分のことをあいしていることだった。 「土方さん、誕生日おめでとうございます」 三つ指をついて丁寧に頭を下げたそれを、土方は深刻な面持ちで受け止めてい る。結構、と言ってやればより良いのかもしれない。なに事も半端は良くない ので滑稽も極めねばなるまいと、土方はおかしな回路で思っている。めでたい ことなどひとつもないのだ。 「やまざき、」 ひとことで顔を上げた山崎はそのまま四つんばいのまま近寄って、そうしても う一度名前を呼ばれたことを許可だと理解して口を付けた。 そうして口の離れない距離で、「生まれてきてくれてありがとう」と、真面目 ぶった顔のまま言う。どんな思いで毎年、それは土方の生まれた日を知った幼 い頃からこの日にありがとう、と山崎が思ってきたのか、その思いの深度を土 方は知らない。知らないまま、手を出したのでいつか自分のいるところの深さ に気が付いて、窒息してしまえと山崎は思う。 「ハッピーバースデイちんかすしね」 祝いも呪いもワンフレーズで言ってのけていつものように断りなくぱん、と綺 麗に襖は開けられた。朝に滅法弱い土方は当然のように眠っている。そしてそ の布団の中には土方だけではなくて当然のように山崎が眠っていたので沖田も 当然のように頭に血が上って刀を抜いた、が、刀身はなにも斬ることなく鞘に 収まった。つまらなそうな顔をして沖田はそのまま回れ右をする。ぱちりと目 を開けた土方がじとりと去り際の沖田を見たあと、腕の中にあるものに気がつ いて、ああと声を出す。口元は笑みの形だ。布団からわずかに出ていた山崎の 黒い頭を両腕でがっちり固めて、そのまま布団の中に隠してしまう。ぎゅうと 腕の中にしまって湯たんぽの温度を満喫しながら、このまま窒息しちまえと土方は思っ ている。 穏やかな朝の五分 (080505) |