花嵐のひびく真白に 一、 隊に入って間もない山崎に、今日からお前は俺の犬だと一方的に告げて、はいよとよくわからないままにもかろうじて反射的に上げた声を聞いていないみたいな黒い背中を見送った翌日には、山崎は異動になり気が付けば監察は副長直属になっていた。理由は聞かされていない。山崎はあっという間に、監察になった。それが少し前の話。土方はあんまりにも鮮やかな、嵐のようなひとだ。真っ黒な立ち姿に目を奪われてひたすらに眩しい。 名前を呼ばれる。背中越しなのにがびりりとして目の覚めるような心地がした。 余計な感想を持ったことに山崎は似合わぬことだったと自嘲する。飼い主が変わってもなにも変わらない。どうやら自分は、犬らしいので。 ○ 報告をと、障子の向うから声がする。近頃入隊してきてそのまま監察にした山崎という男だ。 「失礼しま…って、おええええ」 入ってきて早々に奇怪な声を出すので億劫だが書類から顔をあげると、険しい表情であちこちの障子やら襖やらを開け放った。 「おい、なに勝手なことしてんだ」 凄んだつもりだったが意に介する様子もなく、換気しないと副長そのうち死にますよとそこらに落ちている書類を拾いながら言う。 「……」 拾って顔を上げ黙ったまま、凝と見るので仕様がなくなんだと聞いてやった。 「副長って、キレイな顔してますよね」 無性に腹が立ったので頬を張ったらなんだか声を上げていたけれど、無駄口たたいてすみませんでしたァ!と、かちりと正座をして報告を始めた。淡々とした口振りには似合わない、過激な内容である。これは近々動かねばなるまいよと思いながら、目の前の男を無遠慮に眺める。剣の腕は大したことはないものの、すばしっこく何より所作が静かなのである。足音がしない。使えるかもしれないと思ったのだ。その力量を見るための、今回の仕事であったが、成果は想像以上だろう。 「ご苦労、下がって良い」 無言で頭を下げた後、やはり音も立てずに部屋を出て行く。と思えば役職ではなく名前を呼ぶので、奇妙に思ってまた顔を上げれば、半身を障子の向うへやったままで合格でしたかと訊く。ああと返事をしてやれば微かに笑った。その表情がどうにも得体が知れない様子なので無気味なやつだと思う、油断がならないとも。山崎が先ほど拾って一瞬で目を通した書類は、隊内の人事に関わる立派な機密事項のものであった。 (090131) |