1 ドアが開いて、バスタブの端に引っ掛けていた足が落ちた。動揺を許して欲し い、覗いた顔はこの家の住人じゃないんだ。 「よお」 「…おー」 「おっまえ風呂入るときくらいメガネ外せよ」 はっ、と顔をくしゃっとさせて笑う。この笑い方が好きだな、言わないけど。 「うっせ」 近寄ってくる黒髪は、浴室内の湿度のせいか幾分湿っているように見える。そ ろそろ髪切れよ。思いながら実は気に入っているその感触を堪能しながら撫で ている間にくちびるは離れていった。 「じゃーな」 「…また明日」 軽く手を上げてドアが閉まった。ぱたん。……いやいやそうじゃあないだろう。 「あいつなにしに来たの?」 梅原の代わりに入り込んできた猫に向かって言う。にゃー。そりゃ知らないわ な。 キッチンの方で母親と梅原の話し声がしている。益々わからない、あいつなに しに来たんだ。まるで道で通りかかった店の中を覗くような気安さでひとの風 呂を覗いて、そうしてひとの母親と談笑して帰っていく梅。 こんなことならさっきのキスのときに、舌くらい入れといたら良かった。ちっ。 帰り際の楽しそうな横顔しか覚えてねーよ。 2 鏡が曇ってよくは見えないが、随分伸びたなあ髪。そろそろ切らないと梶がう るさいんだろうな。曇った鏡と梶のこと。あの澄ました顔からメガネをはぎ取 って、その瞬間のしかめ面を見るのが好きだ。笑った顔より格別だね。 浴槽に深く沈みこんでいた身体を起こす。この後どこに行くかなんて決まって いる。 「よお」 ああ驚いた顔もなかなかいいな、言ってやらないけど。 34秒の邂逅 ==================================================================== 梅は髪を乾かす時間も惜しんでたってとこがあいです 070419 |