夜風が冷たい。思わずパーカーの前のファスナーを上げる。昼間は暑かったく せに、と声に出せば昼間は元気だったくせに、と同じフレーズで返された。梶 山の発音は割りと平坦で、それが内容とは別のところでおれを安定させる。い やいやちょー元気よ。 理由なんていうのはたいてい小さなものだろう?世の中から目を逸らすように おれは知らないことのほうが多い。探求したって仕様がないものが多すぎてお れは、確か中学に上がってからすぐ、ぜんぶ、諦めたような気分になったのだ った。 「……それで?」 「野球をすることを、浜田が諦めたみたいに、おれにも明確ななにかがあった ら良かったけど、それがなくて、」 「うん」 「だから、なんだかまだ、捨てられないで生きてる」 「ふうん」 「梶は」 「……」 「そうやってなんでも受け止めるんだな」 「それが?」 「すきだよ」 「ああそう」 手招きに素直に応じて隣に並べば、夜風で髪が乱される。目をつむったその瞬 間にパーカーの、うしろのフードにぼすりと重力がかかった。なに入れやがっ た。 「ぐえっ」 「忘れ物って、それ、取りにきたんだろ」 そうでした。 「延々玄関先でする話でもなかったね」 「べつに」 「だから、応援でもすればいいじゃん」 暇だから、そんなことばっか考えちまうんだよ、と梶山は俺の手首を取る。両 手。そのまま裏に返して、俺の両手首の内側を凝と見つめた。 「え」 「お前は、野球部応援して、そんで俺は、お前を応援してやるよ」 「おれのなにを」 「んーあれ、生きることとか」 「……かじやまくん、かっこいー」 「棒読みなんだよ!」 「うれしいなー俺がんばっちゃう」 正当な文句を続けようとした梶山のことばを遮るように、おれはやつの耳元に 近づく。この髪型無防備だな。耳から首筋のラインを凝と見て、苦笑をころし ながら耳をべろりと舐めた。 「おっま、」 うれしいのは本当、とそのまま言って、距離を取る。帰ろう、寒いし。にっと 笑って振り返る。悔しそうな顔の梶山がいて、こいつは本当にこういう、笑顔 以外の表情がたまらないなあと思う。梶山は浜田を応援してる、野球部も、そ れでおれも。それはきっと、なにかしようとするひとみんなに向けられる。世 界を応援する梶山くん。そんなものすごくお人よしな彼が好きなのがおれだな んて、ばかだなあ。 やさしい夜闇を凝視する ==================================================================== 忘れ物はたぶんDSとかだと思うね 070521 |