「あつ
「暑いって言ったらおごりな」
「……」
「お前汗拭けば、」
机に突っ伏して、顔だけ上げたおれの額にかかる髪を横に流して、手の甲が汗 を拭っていく。梶山はよくこういうことを、なんでもないような顔をしてやっ てのけるのだが、おれはどうにも根性がなくて、いつも心臓がぐ、となるだけ で、お礼も軽口もたたけないまま固まる。梶山の特別扱いが、おれは本当はす ごくうれしくて、好きなのだが、ごめんね根性なしで(根性が付いたら言いま す)
根性も甲斐性もないのでどうでもいい話をする。
「梶山くん」
「なあに」
「妹がね、この前おまえが来たあとに、」
「うん」
「『結婚するなら絶対お兄ちゃんみたいなのじゃあなくって、力くんみたいな いい男にするわ』って」
「へえ」
珍しく梶山の表情がわかりやすく動く。純粋に嬉しそうなのと、おれが参って いるのを喜んでいる根性悪い感じが混ざって、つまりすごく悪そうな笑い方に なった。ちなみにおれはシスコンだ、その点はもう、諦めていると言ってもい い。それを充分承知してそんな顔をする梶山は本当に根性が悪い。どこがい い男なの妹よ。
「おまえ今兄ちゃんそっくりな顔してるよ」
「妹お前に似なくてよかったな」
温い暑さ、ゆるい気温とは一致しないぎりぎりとした空気が流れて、だけどお れは謝らない。嫉妬や嫌悪とは違う、もっと薄い微かな負の感情だ。梶山がお れのことを好きで、他の誰かを同じように好きにはならない限りこれはきっと 消えないので、つまり惜しいな、というか、ひとはこれをなんだか気に入らな い、という。のだと思う。(暑くてもうよくわからん)
結局は面倒になって腹立つなーと、思う通りの顔をして梶が飲んでいるお茶 に手を出す。当然のようにそれはおれの手に渡ってくる。あ、くれるの、優し いですね。
「ごめんねかじやまくんは優しいよね」
じとりとした目がおれを見たけれど、それをさらりと流す。
「妹は男見る目あってよかったじゃねえか」
「まあその力くんはおれなんかが好きなんだから、かわいそうだよなあ」
「なにそれ」
「とんだ悪い男じゃねえか」
ひとりごとのように吐き出して、一旦目を伏せる。
「うーめ」
「もー…」
やだ、と続くことばはごくんと飲み込む。さすがにそれは怒らせる。
お前のせいでおれはぐずぐずなんだよ、骨抜きってこういうこと?今度浜田に聞いてみよう。
「俺は妹じゃなくってその兄ちゃんにしか興味ないからなあ」
「今、おれは、こころの底から恥ずかしい!」
机に身体を倒したまま睨み上げると、梶山は不機嫌そうな表情、だけど口元は緩 んでいるし声もそう悪い色ではない。おれは「うめは、」とゆっくり発音される口元をぼんやり見ている。
「好きでしょ、俺のこと」
「好きだけど」
窓から温い風と、グラウンドの運動部の声が聞こえる。
「だけど、梶山がおれのことを好きなのもうれしいけど、その一点だけがおまえの気 に入らないところだ。だけど、それは、おれだけが梶のことを好き過ぎるんだ と思う。すべてはそのせいだ」
一息で言って、見上げる。
「なにかおかしい?」
「……」
「なんかゆって」
「全部かな」
「どうして」
「梅原は一点以外、それ以外の残りぜんぶ、俺を気に入っているようだけど、 こっちは一点の曇りもなくそれはもうまるっとあいしているので」
「……」
「うめちゃん」
「かじくん」
「なんですか」
「あついねえ」
もうお茶でもラーメンでもおごってやるよ。
「おれは今すぐにでもグラウンドの野球部に混じって根性つけたい」
本当、とんだ悪い男だぞこいつ。







すべての所為を

風が流して消える不愉快






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070609