湯気で湿気るページにロックオンは少し顔をしかめて、しかしそのまま捲って 、話を続ける。
「刹那、今日予定は」
「ない」
「ないのにこんな時間に風呂入ってんのか」
少しおかしそうに、そうして久しぶりに目が合った。グリーンが優しく揺れて 湯気で霞む。こんなと彼が言うのは昼の2時を少しまわった時間だった。理由 なんてない。
返事をしないのを答えたくないのだとロックオンは理解して、まあいいやとい う風に視線はまた文字へ落ちてしまった。
「面白いのかそれ」
普段はただ文字を追ってページを繰っていくことで時間を使っているといった 印象のこの男の読書より、いくらか愉快そうに見えた。
「どうかな」
そういう口元は少し笑みの形で、やはり愉快なのだろう。
「借り物だから、きちんと感想が言えるようにしようと思ってな」
だからいつもより真面目に読んでるとそう言って口を噤んだ。2人のときは存 外ことば数の多くないのを知ったのはいつだったろう。ぱしゃりとお湯が揺れ た。
バスタブの傍らで読書を続ける男は部屋のどこから持ってきたのかわからない スツールに座っている。組み替えた長い足の先は素足で、自分は先ほどからバ スタブの中だったので良いが、寒くはないのだろうかと思う。
「お前」
「ん?」
目が上がることはない。この距離でもどかしいのは何故だ。
「寒くないのか」
まっとうな質問にロックオンはページを捲る手をぴたりと止めて、小さく笑っ た。止まった手はいつもの手袋に覆われておらず、手肌は首筋に似て驚くほど 美しかった。その白い手が自分の首の後ろにまわってきてゆるりと撫でる間俺 は黙って目を見ている。
「だからお前は可愛いよ」
微かな甘い香りに動けずに、俺はまた黙っている。冷えた口が頬にあたって、 あっさりと手と一緒に離れていった。なんかあったかいもん淹れといてやるか ら早く上がっておいでと残して、ロックオンはスツールと一緒にバスルームを 出て行く。バスタブのお湯はすっかり冷めていた。上がる体温を誤魔化すため にシャワーのコックをひねる。せっけんでもシャンプーでもない匂いが一瞬で 湯気に消えた。







残り香に顔を熱くするばかり







(080215)