※22話関連捏造です※





コーヒーを求めて食堂へ行ったところで、片目だとどうにも距離感が鈍ってよ ろけたところをよりにもよって刹那に見られてしまった。ああ、と思ったとき にはくしゃりと悲しそうな顔をされてしまうのでかなわないなと思う。近寄っ て頬を撫でる、見上げる目は案じるようで、この子どもが表出しないだけでこ この艦のクルーたちを大切に思っているのを、俺はきっといちばん良く知って いる。
「だいじょうぶだ」
無駄だとはわかっても、口にしないではいられないことばだった。本当にだい じょうぶだよ、お前を置いていったりはしないよと言ってあげられたら良かっ たのに、そんなことを言える立場にはなくなってしまったね。
「なにか、欲しいものは」
熱を出したりすれば必ず聞いていたことばを、刹那から言われるようになると は思わなかった。自分が言っていたこと、刹那を気遣ってきたことをちゃんと 覚えているのだと、言われているようでうれしい。
「なにもないよ、だいじょうぶだ」
怪我をしたときのだいじょうぶ、をきっといちばん身にしみて真実でないと知 っているのは刹那かもしれなかった。そろりと目線を走らせて、コーヒーメー カーの上でそれは止まる。
「コーヒーを飲みに来た?」
「ああ、そうだったな」
淹れようか、と言おうとして、それより早く小柄な身体が動く。
「なに、淹れてくれるのか?」
「座っていろ」
扱い方を知っていたかな、と覗き込もうとしてぴしゃりと制される。16歳は子 どもだ、身近な大人になにかあれば不安になると思う。そして動かずにいられ ない気持ちに年は関係のないものだ。
ぼんやりと窓の外を見る、宇宙はいつだって暗くて飲み込まれそうな錯覚を覚 えるものだから、幼い頃は怖かった。いつの間にか忘れてしまっていたけれど、 怪我のせいで気持ちが揺らぎやすくなっているのだろうか、久しぶりに思い出 す、心許ない感覚。俺は不安なのかな、なあ刹那はどうだった?
がちゃん、と大きな音がしたので驚いて視線を向ける、立ち上がろうとすると 鋭い目で睨まれたので苦笑いだけで大人しく腰を下ろした。程なくカップをひ とつだけ、それもぎこちなく持って刹那がソファに座る自分の元へやってきた。
「なに落としたんだ」
「なんでもない」
「怪我は」
「けが人がなにをっ…!」
自分の口からことばが強く出たことに驚いた様子で刹那はそこで口を閉じた。 ヴァーチェを庇ったことに後悔はないけれど、こんな顔をさせてしまうのは本 意ではなくて、ふがいないな、と思う。
「上手くできたか?」
無言で差し出されたカップには予想していた茶色の液体ではなく、真っ白な液 体だった。微かに甘い匂いがして、ミルク、といつかの刹那のように口に出す。
「コーヒーよりは、身体に優しいものを」
刹那には食事を積極的に取ろうという意識があまりなくて、そのせいで昔は随 分周りが気をつけなければならなかった。栄養だとかそういったものの知識は 極端にない、そのないなりの知識で自分を気遣ってくれたことがこの上なくう れしかった。
「ありがとうな」
立ったままだった刹那の腕を引き寄せて、ソファに座らせる。出来るだけ近く に寄せて、髪を撫でた。あんまりかわいいものだから、いつも思わず撫でてし まう癖を刹那は疎ましく思っていて、それはきっと子ども扱いされている、と いう意識をいちばん強く刺激する行為だからかもしれない。いつもは顔をしか めるその行為にも、今日に限っては黙って受け入れたまま刹那はじっとしてい た。口に寄せたカップからは微かに甘い匂いがして、猫舌の刹那の口に合わせ た温度は自分にとっては少し温かったけれども、そのどれもがとてもやさしく て、さっきまでのぼんやりとした不安が緩んでいく。
ふと飲み差しのカップを刹那は奪って、ことりと音を立てて側のローテーブル に置いた。なんだと言う前に膝に乗り上げてきた刹那はガーゼに覆われた、未 だじくりと痛むその右目にそっと口を付けた。なにか神聖な儀式のような気が して少し笑った。神を信じない少年の口付けには、似合わない感想だった。
「だいじょうぶだ」
口を離して、瞬きの音が聞こえるほど近くでそう言った少年はカップを渡して あっという間に部屋を出て行く。
「抱きしめる間もねえなあ」
ことあるごとに構い倒していた自分に対して、ひとりで出来る、と手伝いを拒 むようになったのはいくつのときだったかな。いつの間にか他人のこころを立 て直してしまうまでに大人になっていた。すっかり掴まれて、俺の方が離れることなん て出来ない。







消えないで揺らぐスーパーノバ







(080312)