洗濯物を乾燥機にかけようとして、ストップ、と声をかけられる。入り込んできた手はいつもの皮の手袋に覆われてはおらず、その白さと肌理の細かさに見入っている間に洗い終わった洗濯物はこの手から奪われていた。 めったに開けないベランダからぱん、と音が響いてきて、追いかければ青空を背景にロックオンが振り返る。
「刹那」

目を開けば知った天井で、カーテンから漏れる光が朝だと告げている。視界が揺れるのでなに事かと目元に手をやって、初めて涙を流していることに気が付いた。つらい夢ではなかっただろう、どうして。それとも幸福だった記憶というのは、幸せでない今を貫く痛みなのだろうか。

起き上がってカーテンを開ければ外は快晴だった。眩しくて目を細める。ああ、あの日も同じように光が眩しくて目を細めれば、何故か幸せそうにあの男は笑って俺の名前を呼んだのだった。
洗濯物を片付けなければ、と現実に思考を向ける。誰かのせいで乾燥機を使わない癖がついてしまったので、近頃の雨天で溜ってしまっていたのだ。乾燥機を使えば早いし干す手間が省けるのに、ロックオンはどうしても青空の下でぱん、と音を立てて広げて乾かすのが好きだった。どうしてそんな非効率的なことを、という自分にロックオンは仕様がない子どもに対するみたいに、頭を撫でる。手肌は気持ちが良くて好きだったけれど、その仕草が気に入らなくて嫌な顔をしてみせた。ロックオンはそうして時々自分を子ども扱いしてみては、物事の理由を誤魔化すことがあった。明言されないとわからない自分が真実子どもだったと、今ならわかることもあるけれど、同じくらいにロックオンは実は面倒くさがりで、そして事の大小に関わらず、隠し事の多い男だったのだ。

夕方になって乾いた洗濯物を取り込みながら、外の太陽の匂いが気持ちが良いだろうとそう静かにロックオンは理由を話した。確かに嫌いではなかったので頷けば、じゃあまた洗濯するときは、干すの手伝いに来てやるからなとうれしそうに俺の髪を乱す。ひとりで出来るという反論は刹那じゃあ手が届かないだろうと、からかう声に一蹴されて、俺は怒っているのに楽しそうだった。

生活に染み付いたあの男の匂いがなくなるまでどれだけ時間がかかっただろう。しかしそれがなくなってもこうしてなにかの弾みに出てきては、感情を揺らす。内側に降り積もったまま見ないように放って置かれた欠片が、ときどきこぼれて目の前で静かに光る。
「いい加減にしてくれ…」
あの頃より落ち着いた声の懇願は聞かせたい人間には届かない。そのまま部屋の真ん中に落ちていく。どれだけ願っても叶わないことがあるなんてとうに知っていたはずなのに、ロックオンの与えたやわらかく温かい時間はそんなことも忘れさせた。頭を抱える自分の手の平も背丈も十分に近づいたはずなのに、こころだけがもう届かない。
背後で落日に揺れる衣類だけが、あの頃と変わらない影を部屋に落としていた。




ショーケースの星の砂









(080917)