頬を張った音は乾いて響いた。ティエリアは自分でしたことに驚いて刹那の頬を張った手を見つめる。手のひらが熱い。感情的になったことについての反省はあっても、手を上げたことを悪いとは思わない。2人きりの部屋は静まり返っている。
本当のことなどなにもなかったのかもしれないと、そう言ったのだ。言いながらロックオンの背中を見つめるその瞳をかなしいなとは思っても、許せなかった。

ロックオン、と口の中で小さく刹那が言ったのが聞こえる。今呼ぶその名はきっとさっき通路の向こうに消えたあの背中の主ではなく、4年間彼のこころを支えてきた、もういない彼の名前に違いない。
同じ顔をして同じ声をして、そうして同じ特技を持つ男は彼ではない。いちばんその彼にこころを置いていた刹那が、その弟を連れてきたときは驚いた。もう割り切れたのかと、4年の間に随分大人になってしまったのだと、何故だか少しさみしいように感じたのだ。しかしそれは思い違いなのだろうと、目の前のつま先を見つめたまま動かない刹那を眺めながらティエリアは考える。こんな様子だけ見ると4年など経っていないようで、まるで子どものままだった。頭でわかっていても、割り切れてなどいないのだ、人間のこころは刹那ほどの強靭な精神をもってしても凌駕出来ない。ときどき顔を出すひずみに人は逆らえず、面影を求めている。
それでも刹那は賢いのだ、あの男は違う、なんのためにここに連れてきたのかもわかっている、そうして抑えこんだものが、こぼれる先が自分で良かったと、今は思うことが出来る。
名前を呼べば顔を上げた。ひどい顔だなと思わずこぼして睨まれて、苦笑いをする。ひたりと先ほど張った頬に手を当てる。泣かない子どもは大きくなって、人間らしさを手に入れた代わりにたくさんの痛みを感じて生きているに違いない。たまになら守ってあげたい、彼があいしたそのこころを失くしてしまわないように。
姿かたちが同じでも、それでも違うことを、早くこころから納得出来て刹那が楽になれれば良い。きっと見目に惑わされるのは最初のうちだけだ、それでも時々さみしさが顔を出しても、彼にもらったものは、ことばのひとつから視線の一瞬まで全て本当のことでそれだけが本物なのだと、大切にして欲しい。最後まで未来を見ることの出来なかったひとのことを、どうか忘れないでいて欲しい。
頬から離した手は柔らかい黒髪に触れて、前髪を上げてそっと口を付ける。まるで彼が昔よくしていたように。かちりと合った目は赤い。その目に彼はどんな風に映っていたのだろう、あたたかく眩しいものだったのだろうか。見ることの叶わない景色のことを考えながら、これがせつないということなのかと、きっと初めて思っている。




イルミネーションの色違い









(081026)